8/31〜9/11 三村班

 

更新が遅れてすみません。インド班は無事帰国しました。以下は溜まっていた分の定時連絡です。

31日

キーロンにて停滞。今後しばらくはテント宿で風呂が無いことは分かっているので、この日のうちに風呂や洗濯を出来るだけ片付けて、テレビを見るなどしてしっかり休養。

坪根「何も覚えてません(寝」

9月1日

キーロンからパツェオまで、およそ50kmの行程。パツェオは標高3800mくらいにある、村とも言えない規模の場所。心配された坪根の足の容態ですが、歩くときに少し痛むようですが、自転車を漕ぐ分にはそれ程痛まないようで、問題無く行程をこなしてくれました。夜は地元の軍人さんが大きなテントを貸してくれたのでそこで就寝。

坪根「道が舗装路になったおかげでとても走りやすかった」

2日

パツェオからセルチュまでの約60kmの行程。セルチュは標高4300mのテント村。ここからレーに続く道はつまり、ヒマラヤ山脈を縦断する道。インド班二個目の峠、バララチャ・ラ(標高約4900m)まで30kmほどアップしてから、それなりによく舗装された道を快適にダウンしてセルチュに到着。

坪根「道中に湖が見えてすごくきれいだった。」

3日

セルチュからパンまで。80kmで峠を二つ超えるヘヴィな行程。ガタ・ループ呼ばれる21連の九十九折れを超え、まずはナキー・ラ(標高4950m)に到着。途中、五年近く夫婦で世界中を自転車で旅行しているという日本人に出会い、補給場所などについての情報を頂いた。あまりに寒かったので峠での記念撮影をマッハで終わらせてすぐに200ダウンし、そこからまた300upしてラチュン・ラ(5050m)まで惰性でアップ。初の5000超えということでテンション上がったのでこちらはしっかり写真撮影。あとは500ちょいダウンしてすぐにテント村のパン(4480m)に到着。

坪根「峠に雪が残っていてとても驚いた。」

4日

パンからタグラン・ラ(峠)の登り始めにあるテント宿まで。本来はルムツェという次の村まで行く予定だったが、元々の行程がきつかった(全105km)、井唯さんが体調不良だった、天気が非常に不安定だったことが重なり、タグラン・ラ手前でストップすることに。タグラン・ラ方向から来たサイクリストによれば、この日の頂上付近はずっと雪が降っていたそうだ。

坪根「夏合宿とは信じられないくらい寒かったです。」

5日

宿からウプシまで。宿を出てすぐにタグラン・ラに続くアップが始まる。山肌を無理無理切り開いた道は斜度が緩くて助かるが、残念ながら殆ど未舗装だったので走りにくく、特にまだ完治していなかった井唯さんは死にそうになっていた。やっとの思いで峠に到着。峠以降は村がたくさん現れたので、やっとヒマラヤ山脈を超えることができたのだと実感できた。ダウン中の道は快適だったので、ルムツェを超えて、レーまで残り50kmの町、ウプシで宿をとった。ウプシの近くにはインダス川が流れていた。やっとインドらしいインドを体験できたような気がする。

坪根「峠は相変わらず寒いけれど景色はよかった。」

6日

ウプシからレーまで。みんなのレーに早く行きたい欲求が高まっていたので、朝からがっつり走って昼過ぎにレーに到着。ちょっとお高いお店でご飯を食べ、ガイドブックに載っていた宿に泊まって就寝。

レーに着いた感想

坪根「念願のレーに到着できて喜びでいっぱい」

堂垂「ジュレー(ラダック地方の言葉でこんにちは,さようなら,おやすみ、ありがとうの意味)」

井唯「レーに近づけば近づくほど、レーまでの道のりが長く感じた。」

三村「食のマンネリから脱したのが最大の悦び」

薗「レーは大都会でした」

大畑「レーにはコンビニと電波以外の全てが存在する。」

7日

観光日。カルドゥン・ラへの通行許可証を取ってからはみんな好き勝手やってました。薗と大畑さんは9日に行なわれるラダックマラソンに参加申し込みをしてました。

坪根「古市のお土産買ってました」

8日

カルドゥン・ラの日。必要最低限の荷物だけ持って朝7:30に宿を出て、片道37km2000upの道をひた走る。初めの23kmは舗装路で順調だったが、残りはずっと未舗装で、空気は薄くなり、疲れは溜まり、気温は下がり雪が散らつく曇り空の中は過酷な14km。これまでずっと元気だった大畑さんにもついに高山病と体調不良が訪れ、パンクした時を除けば初めて大畑さんがテールになりました。またしても峠は極寒(少なくとも氷点下)だったため、記念撮影が雑になってしまったのが少し心残りですが、全員揃って走破できたので満足。

坪根「峠で聞いた謎の音楽に感動した」

大畑「最初は楽々登ってたけど最後は体調不良で1kmが10kmに感じた。」

堂垂「高地価格<<極地価格」

三村「カルドゥンラにまさかの峠茶屋(店内BGM付き)  しかも安い」

薗「雪降っててよかった」

井唯「世界で二番目に辛い峠だった」

9日

最終日、観光日。薗と大畑さんは朝からラダックマラソン(走る距離は10km)に参加していました。順位は二人とも真ん中くらいだったようです。各人お土産を買ったり食べ歩いたりと最後のレーを楽しんでいたようで。

10日、11日

早朝、予約しておいたタクシーに乗って空港まで。レーからデリーまではほんの一時間ちょっとのフライトで、朝9時にデリー着。経由地北京への便は深夜三時ごろ発なので、18時間もの間空港で暇を持て余すことに。輪行本まわし読み等で時間を潰して耐久デリーをこなし、飛行機で北京、そして関空に。そこで晴れてインド班解散。 僕と大畑さんと堂垂さんはセレブに特急はるかに乗って帰宅。お疲れさまでした。

夏合宿終わった感想

坪根「はじめ体調悪くて辛かったけど、終わってみるととても楽しかった」